物集女城跡

物集女町中条にある中世の城跡です。 東側には、南北に約100mの長さで堀や土塁の一部が残っています。
物集女城跡
物集女(もずめ)城跡
これまでの発掘調査により、南北75m、東西70mの規模を有する城であることがわかりました。 この城は、周辺を支配した物集女氏の居城と考えられ、長享元年(1487)の上久世庄(現・京都市南区)の古文書に、物集女四郎右衛門尉光重という名前も見受けられます。 織田信長が山城地方を治めるようになる天正元年(1573)、桂川西岸一帯の支配を任せられた細川 藤孝は、周辺の各城主に信長に従うよう命令をしました。 しかし、物集女氏の当主忠重入道宗入はこれに従わず、天正3年(1575)に勝龍寺城において殺されてしまいました。 これ以後、物集女氏と物集女城記述は文書などから姿を消したようです。
 
住所
〒617-0001向日市物集女町中条

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